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August 26, 2006

浦島太郎国家

米旅客機緊急着陸させた“騒がしい12人”釈放決定

浦島太郎には失礼で申し訳ないが。。。。
インドや中国は19世紀同然の暮らしをしている人口が大半であったところに、振って沸いたBRICs景気で急遽国外に行ける人口が急増。文明開化する前に国の外に出るものだから、あちこちで騒ぎを起こす。一気に100年くらい未来に登場したような状況だ。報道されているのはまさしく氷山の一角で、迷惑のかけっぷりという意味では程度、人口ともに世界の二大国家として、文字通り一二を争っている。

両国とも、「郷に入りては郷に従え」という価値観は全く無いので、改善の見込みも全く無く、いずれ排斥運動が起きるであろうことは想像に難くない。もっとも、この二国に対する排斥運動はここ数百年に渡って世界のあちこちで起きているから、由緒正しい嫌われ者国家とも言える。

ちなみに、機内でこういう迷惑行為を発見した場合は、直接咎めることなく、フライトアテンダントを呼んで、苦情を言おう。それが正しい対処方法である。たいていの航空会社では、少なくとも日本の警察などよりはずっと適切な対応をしてくれるはずだ。

ちなみに、さすがにここまでひどいと一部のまともな人には自覚も出てくるようで、
Sankei Web 国際 中国「非文明行動」撲滅へ 礼儀の国目指す(08/27 01:57)
なんて話も。。。ま、まさに非文明なわけで、頼むから国外に出てこないでくれというのが正直な気持ち。。。

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August 23, 2006

買え!HP

なぜ、日本HPは東京でPCを作るのかという記事を発見。

日本在住の皆さんはHPのパソコンを買おう!(他に理由がなければ)
納期、品質、生産管理と言った面を努力することで日本国内(それも東京)でPCを作っているHPの話。(それがまた外資というところが面白いのだが。)
日本であることや日本人であることそのものに理由を求める気はないが、客観的事実として品質や納期でMade in Japanに匹敵する製品は今のところない。Made in Germanyも凋落著しく、品質を期待することは無理である。たしかに日本製は高い。でも高いのには理由がある。外国製は安い。同じく安いのには理由がある。
新品を買って、不良品であっても苦情を言わないのなら、安いものを大いに買ってもらって結構。配達される日に届かなくても良いのなら安いもので構わない。しかし、多くの日本人にとっては、それらは容認できることではないはず。であれば、それらを追求するために、あるいはそれらを未来に残すために、努力している工場から買うようにすることは日本人の義務でもある。1円でも安く!は、もはや時代遅れである。コストではなくバリューを追求しよう。+αのコストでそれ以上の満足が得られるなら躊躇無く選ぼう。日本人全員がそういう意識を持たないと、ハイコスト・ハイクオリティーの国は維持できない。
ちなみに多くの製造業の人が感じていると思うが、多国籍企業などで日本工場から外国工場に移管しようという話はとても多く、そして外国工場での品質はとても悪い。コストだけ見ればものすごい改善に見えるが、とても日本の顧客には売れないような製品しか出てこない、という話は多い。日本の自動車が日本人にとってはBかB+の評価の時に、外国ではAAA+++くらいの評価になってしまう。外国人に日本人にとってのAは理解ができようはずも無く、日本人にとってのAを要求する顧客に対応する製品が作れるわけも無い。でも、多くの外国人エグゼクティブは、日本人には外国基準AAA+++でもまだ不足なのだということが理解できない。そして日本で顧客対応する日本法人の営業マンが泣くことになる。
そういうケースを多く知っているだけに、HPのMade in Tokyoはとても素敵な話に思える。

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August 22, 2006

少子化と社会の雰囲気?

少子化と社会の「雰囲気」 : donna : YOMIURI ONLINE(読売新聞)の中で、収入と少子化の関係についての政府報告が実態とマッチしていないのでは?という疑問が投げかけられているが、私もそう思います。
もっと言えば、現在の少子化の真の問題は、子供の数が少ないことではなく、「収入が低い」あるいは「雇用や収入が安定していない」だけではなく、将来の備えがなかったり、教育水準が低かったり、後先を考えずに一時の感情に流されて行動するような人達が子供を持つ割合が高いことにあると思う。(あくまで比率と傾向の話で子持ちの親がみんなバカと言っているわけではない。)
上記コラムで言うように、収入があり生活が安定している人ほど子供を持つことに踏み切れない。それは色んなことを心配すると大丈夫かどうか自信が持てないからで、言わば慎重に計画的に生きる人達だから、教育や経済力もついた代わりに子供に踏み切れなくなっていると思う。現に、別な統計では経済力がある人ほど、子供の養育にかかる費用を心配して、経済力が無い人ほど子供の教育費の心配をしない、というのも見た。
また、別なコラムで読んだ話だが、70年代に教育を受けた世代は、学校で「人口爆発」について学び、どちらかというと人口を増やすのは悪いことみたいに言われなかったか?という話があった。私もそういう意識がどこかであったと思う。
地球も資源も有限だから人口が増えすぎたら困る。とか、結婚もしてないのに子供ができちゃったりしたらダメ。とか、子供の養育や教育をきちんとできるようなリソースを持たずに子供を作っちゃダメ。とか、将来のためには勉強した方がいい。とか、きちんと定職についた方がいい。とか、そういう「大人」の言うことをきちんと聞く教育を受けた世代が大人になっただけで、その中でドロップアウトした経済力や安定性のない人達はむしろ子供を持っているというのが実態じゃないだろうか?
感情の赴くままに、他人に迷惑をかけることも平気で行い、秩序や建設的なことを何もせずに、ただただ自堕落だった団塊の世代と違い、近代で最も教育時間の長かった世代は言われたことをきちんと実行しただけなのだ。団塊のダメ人間は自分たちが先達の言うことを半分も聞かなかったから、ジェネレーションXが大人の言うことを鵜呑みにしてしまったことなど理解できないのかもしれない。

ところで雇用の不安定についても、最近は企業が正社員を雇用しないのが責任みたいな報道が多いが、これもおかしくないだろうか?フリーターなるものが出てきた時は、就職できないからではなくて、縛られるのが嫌だから正社員にならなかったのではなかったか?その後はどんどんエスカレートして、非正社員だらけの社会になったが、就職できないことの非を企業に求めるのは無責任というもの。何でもお上や大企業のせいにしたがる朝日新聞みたいな風潮は良くないと思う。ジェネレーションXがまじめに勉強して将来就職できるように努力したところを現在の若者はしていないだけと思う。本当に正社員を増やしたければ、解雇の自由を法制化するのが一番だろう。今時の若者みたいに得たいの知れない物を簡単に解雇できない正社員にしろという方が無理。物も知らない。我慢もできない。国の役に立たない。ところまでは、親の団塊世代と一緒だが、チームプレーもできない。日本語もろくにできない。となると団塊以下のダメ人間ばかりだ。
(これも全員というのではなく、出来の良い人は史上最高に出来がいいのですが、大勢や傾向としてはダメっぷりが目立つということ。)

人口だけ増えればいいのだろうか?増えても納税せずに社会福祉を食い尽くすだけの人口なら、年金問題も財政赤字も解消されない。むしろ、少数でも精鋭にすることを考える方が正解なのでは?そのためには、人間はみな平等だという意識を捨て去ることが必要。「日本人」の人口を気にする時点で既に人類皆平等ではないのだから。

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August 18, 2006

空港とその往復で感じたこと

家から空港はリムジンで移動した。ちょいストレッチ(たぶん1フィート)のタウンカーだった。(たぶんレギュラーにあるロングモデル。)僕の体格には快適なリアシートで、巨大スーツケースも2個楽にトランクにしまえて、乗り心地も加速も良かった。これでタクシーより安い、レンタカーより安い、パーキングより安い、なら利用しない手はない。
もうすぐタウンカーともお別れかと思うと少しさみしかったが、間違いなく良い車だと思った。高速での静粛性はアメリカ車では一番だろう。リモ(リムジンのこと)らしいと思ったのは、あと何マイル航続できるかのメーターがデカデカと存在するところ、あれがあるのはバスくらいしか他に見たことがない。

空港ではひざびさにビジネスでチェックイン。なのに、応対しているのは新人みたいな黒人で、典型的なデブでバカ。OJTもけっこうだが、それをビジネスチェックインのカウンターで行うというのはどういうことなんだろうか?UNITEDには反省してもらいたいものだ。どこかでコメントできればいいのだけれど。
正しい英語での接客ができない。PleaseもThank youもない。ゲート案内やラウンジ案内も無い。限りなく無言に近い。もう最悪である。でも、これでアファーマティブアクションの負の側面について痛感した。

アファーマティブアクション(格差是正措置、以下AAと略)は人種差別を助長すると思う。AAによって、能力が劣るマイノリティーが雇用される。同じ職種、同じ職場に能力が劣るマイノリティーが就業する。顧客は、同僚はどう思う?「マイノリティーは能力が劣る。」「やっぱり黒人はダメな奴が多い。」そう思うことは間違いない。
仮に人種に関わらず、良い人と悪い人、できる人とダメな人がいるとしよう。(実際は経済格差などから、人種によってダメ人間の比率は変わると思うが) 白人のダメ人間は仕事につけない。でも黒人のダメ人間は仕事につける。となると、仕事で接する人が見るダメ人間はみんな黒人。人生で会うダメ人間がみんな黒人だったら?「黒人はダメ人間が多い。」とか「黒人はダメ人間ばかり。」とか「ダメ人間ってみんな黒人?」って思うなという方が難しい。結果として、AAはますますマイノリティーに対する先入観を強め、マイノリティーを嫌うようになり、AAが関係ないときにマイノリティーは雇いたくないと思うようになる。

ここから学ぶこと。格差是正をしたい時に、原因をさておいて結果の是正をしようと思うな。ということだ。フリーターやニートの雇用を企業に義務付けたり、努力不足で貧しい人間に金をばらまいたり、借りたお金を返しそうも無い人間に低利で貸し付けたりしないことが大事。

空港からの帰りは、本当のストレッチリムジンだった。キャビンが3倍に伸びた奴。インターホンもあるのだが、使い方が良くわからないのと面倒なのとで、結局大声でドライバーと会話することに(^_^.) こんなに立派な車ならカーナビくらいつけてもいいのになぁ。。。。アメリカのタクシー類でつけているのは見たことがない。道を間違えるということの罪悪感が日本人とは比べられないほど小さいからだと思う。先日も友人がタクシーに乗ったときに道を間違え続けるあまり、金額が3倍くらいになってしまったことがあった。(結局交渉で落ち着いたが。)あんな風に失敗を失敗と思わなかったらストレス少ないんだろうなぁ。。。

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August 16, 2006

僕もメモを3つ

偏向報道 群青色日記/ウェブリブログ

いやー日本は思ったほど暑くなかった。シカゴに比べたらかわいいものでした。でも東北の方が東京より暑かったのには閉口したけど。。。都内はビルからの冷房漏れで道路も涼しく、もしかしたらエアコンの密度が濃くなったことで都心は全部涼しくなったのか?と思うほどでした。室外機を全部高層ビルの屋上に持っていけばまんざら不可能でもない気がする。

さて、日本から帰ってきたら東京大停電だったそうで、タイミングよく逃げおおせてラッキー。この件に関しては悪いのはクレーン船。たっぷり賠償請求するべきでしょう。想定できない事態でもなければ、回避できない事態でもないので、全面的に過失、それも重過失だと思う。こういう失敗をしっかり責めないと、まじめにやっている人間がバカを見ることになるので、重く重く追求しよう。
重要な電線の前後にはガードをつけても良かったのではないかと思う。鉄橋や陸橋などによくあるように。では、そこまでしなかった理由は?線路との違いは?と考えると人命に直結しないから、となるのだろう。さて、そこまでくると停電は許されるか?という話になる。アメリカのようにほぼ毎週停電があるところから見れば、20年に1回の停電くらいで騒ぐなよ、とも思う。いくらアメリカの電気が安いとは言え、この事故率の差を考えればむしろ停電で怒られるほど普段高品質を保っている東京電力をほめるべきではないかと思う。ちょうどアメリカではガソリンが安いからハイブリッドで元が取れないように、日本では停電がないから自家発電や非常電源の準備は元が取れないという状態である。ほんとに危機管理を強めるなら、時々停電してもらうのも手か?電気料金に2種類設定して停電ありコースも用意する?

靖国参拝については。。。憲法の政教分離に基づきとなると参拝するべきではないですね。それを横においておいて。。。。終戦記念日に参拝することは。。。。他の日よりは良いことだと思う。少なくとも12月8日に参拝するよりはずっと平和志向に思える。そもそも負けた日を記念すること自体が僕個人は気に入らないのだが、その日にするということは先の戦争は過ちでしたという考え方に基づいた日に参拝しているわけだから、軍国主義容認とはならないだろう。A級戦犯がいることを理由に難題をつきつけられるなら、どの寺も参拝できないことになる。まぁイデオロギーは色々で靖国参拝はけしからんという人にも一理あることだろうけど、隣国が怒るからという理由で政治家の行動を変えるのは良くないということだけは確か。中国韓国が靖国に一切言及しなくなって1年くらい経って、政教分離だから参拝はダメね、と自国の意思で決めるならそれはそれで構わないと思う。

プールの件は。。。。下請け会社、孫請け会社は有罪として、下請けに出した自治体も責任があると思う。というのも、公共事業を受注した会社が、設備に不具合があるから直してくれとお上に言うのは不可能に近いからだ。そもそも無理難題当たり前で、何でもお上の指示通りにしなければ仕事がもらえない状況で、経費を増やす措置を要求するなどもってのほか、指名を外されるのが落ちである。たしかに外注すると経費は減る。しかし、それに伴ってデメリットがあることも決して忘れてはいけない。
今回東京では割と良さそうなホテルに泊まった。従業員の接客態度も部屋も事務手続きも良好である。しかし、ところどころでエアコンの吹き出し口がとても汚れていたり、電球の傘の上が真っ黒だったり、という光景を見た。清掃は明らかに外注先がやっている。大きなガラス窓を清掃していけば、当然目に付くところに汚れた吹き出し口はある。自分のホテルなら、そこで気がついたら軽く一拭きするだろう。大した手間ではないし。しかし外注先なら?窓を拭く仕事を契約して履行しているだけで、途中で気がついたところを清掃するのは契約外。解釈によっては違約行為となる。当然期待できるわけは無い。発注元だけに限らず、我々消費者も外注とは何なのか?民間委託とは何なのか?コストダウンとは何なのか?を意識し、安全や品質にはコストがかかることを忘れずに、良いものには惜しまずお金を払うようにしたいものである。

そんな心がけの一つとしてというわけではないが、今回は手作りの南部鉄瓶を購入した。お湯を沸かすだけの道具に○万円である。
しかし、鋳型の造形一つ一つを全て手作り(あのプチプチとして小さい突起の一つ一つにいたるまで!)と聞けば逆にこの程度の値段で良く作れるなぁと感心する。
舶来物の衣装やワインにはお金を惜しまない友人にその話をしたら、「高い!」と言われたが、エンジニアの私にはどう考えてもイタリア製のスーツや革靴の方が製造コストに上乗せしている利益が大きいと思うのだが、それもこれも日本人の商売下手から来ているのだろう。
ハンドメイドの鋳造品は機械製の鋳造品より肉厚を薄くできるので、軽量なのだそうだが、軽量だけならプレス品に勝てるわけもないので、今一つハンドメイドの利点が見え難くはある。しかし、現代に至ってはこれはもう実用品ではなく芸術品だ。希少価値と製造にお金がかかることを売りにするより他はあるまい。外国では実際評価が高いのだが、中国製の偽物に漁夫の利を取られっぱなしである。ハンドメイドの利を生かして、フルオーダーで名入りの鉄瓶でも売ってはいかがだろうか?

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August 15, 2006

戦争と被害

たぶん、靖国問題に対して中国と韓国が色々言ってくるのを疎ましく思っている人は多いのではないだろうか?
いったいいつまで被害者を続けるのだろうか?とうんざりすることも多いのでは?
丁度7月末から8月頭に訪日したせいもあって、色々なメディアで終戦前後の話を見たが、少し気になったのは被害者意識の問題だ。日本ももちろん戦争で被害を受けたから被害者と言えば被害者なのだが、追い詰められたとは言え宣戦布告をしたのは日本だし、戦争に負けたのも日本だから、戦争被害を声高に訴えることはできないだろうと思うのである。もちろん、原爆による被害が想像を絶するほどひどかったのは知っているが、やはり戦争終結を早めるのに必要だったというアメリカの主張にも一理あると思う。
おそらく欧米人の基準からすると日本兵のしつこさは常軌を逸していただろう。小野田さんや横井さんを見れば明らかと思うが、そこまでしても降伏しないで戦い続けるなど欧米人には思いもよらないことである。各地の戦場で圧倒的な戦力差がありながら、多くの被害を出さなければならなかった米軍としては、こんな汚い戦争をどこまで続ければ日本が降伏してくれるだろうか?と悩んだことは想像がつく。本土決戦をして東京市街戦をして、なおかつ全国を完全に平定しないことには一人でも残っていたら戦い続けることは間違いないから、最終的に勝つのはわかっていたにしても、泥沼に巻き込まれてたくさんの死者を出しての勝利はなんとしても避けたかったと思われる。とすれば、何らかのターニングポイントが必要だったという主張は実際的だと思う。もちろん、ソビエト参戦を嫌がったり、新型兵器を作ったから使いたくて仕方が無かったというのも理由の中には含まれていると思うが。日本兵があんなにしつこくなくて、すぐに白旗をあげるようだったらおそらく原爆は投下されなかったと思う。
それともう一つは一般市民に対する大量虐殺の罪だが、もしこれを咎めるのであれば、いたずらに原爆被害ばかりを言うのではなく、ドレスデンの空爆などを追及するほうが良いのではないかと思う。こちらも結局、東京があれほど空襲にあっても戦争継続をしつづけるような強力な国家体制だったからこそ起きてしまったことなのだと思う。
私個人としては市民に対する攻撃と戦場での攻撃を分けることはできないのではないか?と思う。というのも市民だけがかわいそうなのではなく、兵士も同様だと思うからだ。特に日本においては徴兵制度に基づく兵士がほとんどであり、本人の意思で戦場に出たわけではない。好きでもないのに戦場に駆り出された人間への攻撃は合法で、市民への攻撃は違法というのは矛盾を感じる。実際のところ国家総力戦であり、さらに言えば勝敗を分けたのは戦場での兵力よりはむしろ本拠地における生産能力の差だったわけだから、勝利のために必要という意味でも本土攻撃は咎めることは難しいと思う。
被害者として声を上げることも構わないが、その時に加害者としてアメリカの名だけをあげるのはやはり間違っていると思う。追い込まれて開戦に踏み切ってしまった政府や追い込まれるようなことをした関東軍なども加害者に名を連ねるべきだろう。
アジア諸国に対しての加害者であることは事実であり、それに対する謝罪は必要であるが、その謝罪の仕方は中国のわがまま放題を認めることではなく、むしろ中国がかつての大日本帝国と同じアジア覇権を目指すのを諌めるのもまた立派な謝罪であろう。強力な軍事力を持ったとしても間違った形では行使しないだろうと信用してもらえる政策作りや信頼関係の醸造が一番大事であり、統制を明確に示せるような政府が望ましいと思う。
ところで、戦前戦中世代がいなくなったら、被害者はいなくなるのだろうか?感情的に恨みは残ると思うが、先祖が被害にあったから自分も被害者だという論理は勘弁してもらいたい。まして、戦時には既に別な国にいた中国系アメリカ人が被害者を名乗ったり、連合国側で戦った日系アメリカ人が加害者呼ばわりされたりではあまりに不当だろう。いつまでも被害者意識から抜けなければ、それ以上に成長しないことは確かで、中韓がいつまでもタカリ体質でいるならそれもそれで構わないのだが、日本まで一緒になってクレーマーになることはあるまい。

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August 1, 2006

日本の格差って。。。

社会主義の理想に最も近い国「日本」――格差議論を考える�ビジネス-宋文洲の単刀直入:IT-PLUS


この方の意見にはほぼ同意します。社会の格差が多くの食べていけない人たちを生み出すと革命が必要になるとは私は思いませんが。(格差の生じた理由による。怠惰が理由の貧困に革命など必要ない。)

努力をせずに負けた人間に同情はいらない。ついでにいうと、日本の貧困など諸国に比べたら貧困のうちに入らない。怠け者に同情などしていたら日本全部が負けてしまう。というのが私の意見です。

この人の話で、ここに注目して欲しい。
「金持ちが増えたとはいえ、日本の金持ちはお金があっても金持ちらしいサービスを受けられません。受ける方は後ろめたさがありますし、提供する方は対等意識が強すぎて仕事になりません。」
「いくら努力しても普通の生活ができない社会は悪ですが、いくら努力しても普通以上の生活ができない社会も悪です。」
「あまり打つと「杭」達は日本の中に沈没するか、日本から出て行くかの選択をしてしまいます。」

結局、私が今感じているのは、能力と努力がある人なら日本にとどまっているのはバカらしくなるということです。そして、そういう人たちに対する不条理な待遇を改善するためには、頭脳流出を促進するのが良かろうと思っています。どこかで日本が改めたら、流出した頭脳も戻ってくるでしょうから。

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